この1年間浴びるほど世界史を勉強してます。ほぼ知識ゼロの状態から早慶合格レベルまで引き上げる計画です。学生時代から勉学に対して「消去法」だったという後悔がありました。文系を選んだのも数学が苦手だから、日本史を選んだのも世界史が苦手だから、大学を受験したのも仕事を辞めたかったから、芸術学科を選んだのも他の学部より面白そうだったから。全て消去法。今までの人生で学問に対して能動的にアプローチしたことは一度もありませんでした。その中でも特に世界史を真面目にやらなかった、もっと率直に言えば、目を背け、逃げだしたという事実は大学へ進学してから大きな代償として跳ね返ってきました。
自分の通った大学の学科は絵画や映像の歴史を研究するところで、つまり歴史の知識は必須事項でした。ヒトラーが「映画」という新しいメディアを政治利用したことは、ヒトラーという人物及び戦間期国際情勢を熟知していることが前提での話でありますし、ボッティチェルリの絵画研究では、ルネサンス哲学と、メディチ家を含むイタリアの政治状況を把握していないと研究になりません。因数分解ができないのに2次関数を解いているようなもので、そもそも基礎を飛ばして応用に入るということは理系科目ではありえません。ですが文系科目ではしばしば見られることなのです。そんなことすら理解していなかった坊やの自分は、なぜ段々と講義についていけなくなったのか、なぜレポートを書くのが苦痛になっていったのか、当時はその原因がよくわかりませんでした。そのルサンチマンを少しでも解消するため、と言えば格好つけた言い方かもしれません。今さら早慶合格レベルまで世界史を憶えたからなんだ、と言われると返す言葉もありません。ですが、これは手前みそになりますが、諸事情により現時点で日本史という教科に関しては早慶レベルの学力がありまして、その方面では多少明るいことを自負しています。日本の歴史に多少明るいだけでも日々のニュース、歴史ドラマ、ドキュメントに対する理解度は格段に違います。さらに世界の歴史にも精通できたら、自分の前にどんな世界が見えるのだろう。大人になってそんな憧れを持つようになりました。この憧れを叶えるべく決起した1年でした。
高校生の頃、世界史を真っ先に排除した理由は「範囲が広すぎる」こと「横文字の名前が覚えられない」ことの2点です。世界史を避ける人のほとんどがこの理由ではないでしょうか。例えば織田信長だと、時代劇で頻繁に取り上げられますし、しかも有名な主演級の俳優が演じますので日本人なら誰しも親近感を持っています。ではフランスのカール大帝、ローマのカエサル、唐の太宗李世民となるとどうでしょう。何となく聞いたことはあっても親近感は持ちづらいです。マルクスアウレリウスアントニウスは受験世界史における一番長い人名ですが、もうこうなると親近感どころか嫌悪感すら持ちかねません。日本史の勉強はその親近感のハードルが低い分、あとは深堀りするだけでいいので楽なのです(早慶の日本史は受験生の予想をはるかに超える深堀りをしてくるので決して楽ではないですが)。この「楽」が世のオジサンたちを「にわか」歴史通へと変貌させるゆえんでして、にわか歴史通についてここでは多くを語りませんが、百害あって一利なしとしておきます。話を戻しますと、世界史は出てくる単語にとかく親近感がないものが多く、そんな単語は覚えても覚えてもすぐに忘れてしまうわけです。それが延々と各国史続くのですからたまったものではありません。
ではどうしたらいいでしょう。歴史の勉強はプラモデル制作に似ていると個人的に感じています。個々のパーツを作って、組み上げて、塗装する。パーツは単語、その単語と関連単語を繋いで全体を組み上げる。例えば、パーツを「カエサル」としましょう。組み上げるときの関連パーツは「三頭政治」「ローマ共和制期」「独裁者」「後継者アントニウス」といったところでしょうか。ただ、これを組み上げただけでは一体何ができあがったのやら。普通の人はこれだけではなかなか脳に定着しません。一部の記憶力の優れた人や、問題集で何度もこの部分につまづいた努力の人なら、あるいは悔しくて覚えるかもしれませんが、できるならもっと楽しくやりたいものです。そこで出てくるのが「塗装」作業です。4文字のカタカナでしか認識していない無色のパーツ「カエサル」に具体的な色、つまり人物像を与えるのです。そのためには「物語記憶法」が最も効果的です。映画、小説、アニメ、漫画でターゲットの人物が登場する作品を鑑賞するのです。視覚メディアは基本的に「娯楽」ですからただ眺めるだけでいいのです。カエサルなら海外ドラマ「ローマ」がおススメ。カエサルの腹心の部下ヴォレヌスとプッロから見た英雄カエサルの物語で、ガリア遠征からオクタビアヌスが皇帝になるまでを描いた超大作です。部下2人から見た英雄カエサルは何とも人間味溢れる独裁者です。早慶の過去問ではカエサルのライバルにして三巨頭の一人「ポンペイウス」、カエサル暗殺後のリーダー「アントニウス」、そのアントニウスに暗殺された哲学者「キケロ」が度々出題されています。ドラマ「ローマ」でもその3人はかなり濃い役どころで出演していますので、これを鑑賞すればカエサルが活躍したローマ共和制末期の時代背景と周辺人物たちをしっかりと「塗装」された立体感を持つパーツとして組み上げることができるわけです。
ではもう一例やってみましょう。パーツは「太宗李世民」、関連項目として「高祖李淵」「貞観の治」「玄奘」「東突厥降伏」です。李世民は中国の唐帝国の2代皇帝です。中国の皇帝は初代を「高祖」2代目を「太宗」と呼ぶのが通例で、つまり李淵は李世民のお父さんで初代皇帝です。敵対する北方民族「東突厥」を降伏させ、西遊記で名高い「玄奘」法師をインドへ派遣して文化交流を深め、李世民の治世は「貞観の治」と呼ばれる誉れ高い平和の時代でした。これらに塗装するのは「隋唐演義」という中国の古典です。中国では三国志よりも有名な英雄物語だそうです。翻訳した小説版もありますし、漫画や海外ドラマにもなっていますので気軽に鑑賞できます。主人公の秦淑宝という最強の武将が李世民と出会って隋に反乱を起こし中華を見事統一する物語です。反乱時の李世民の年齢がなんと弱冠18歳。隋の朝廷から左遷されたお父さんである李淵を焚きつけて、自ら主導して反乱を成功させます。隋唐演義を読めば、隋の悪政がよくわかるし、李世民の凄さが嫌というほど伝わってきます。秦淑宝が入試に出ることはありませんが、李世民を忘れることはないでしょう。残念ながら「物語記憶法」をすべての時代、国でやっていたら時間がいくらあっても足りません。ですのでこの方法はどうしても覚えられない自分の弱点とも言うべき時代でやることをお勧めします。私の場合、フランス革命以降の近現代は比較的苦手意識を持つことはなかったのですが、何度やっても頭に入らなかったのが古代中国・西欧・インド史でした。
なぜイギリスにインド人移民が多いのか、フランスには黒人移民が多いのか、中東パレスチナのこじれ方やウクライナの分裂問題、中国共産党はなんであんなに強気なのか、なぜEUからイギリスは抜けたがるのか、などニュースの解説はある一定の世界史の知識を前提にしています。それを知らないと日本人には関心が向きづらく、ともすると勝手に解釈したり偏った見方をしてしまうことにもなりかねません。こういった世界情勢へ知的アプローチをするためにも世界史を学ぶことは無駄ではないと思っています。今一番熱いテーマは「現在の民主主義はどのように滅んでいくか」なんですが、世界史を学んでこのへんまで予測できるようになると、なかなか楽しいのになぁ、とニヤニヤしています。マルクスのように大英図書館に閉じこもって「資本論」を書くみたいなことはさすがにできませんが、教科書の中からこういった原石を拾い出すことが凡人の私にできる楽しみです。今後は世界史勉強の中から掘り出したテーマを少しづつ書いていこうかと思っております。